港区民だったらちぃばすに乗らなきゃいかんと思った

浜松町近辺っつうのはクリスマスの買い出しをするのに不便なもんだから田町くらいにはチャリで行ったりするわけだが、それじゃぁクリスマスを楽しめないと見切りをつけて、ちょいと足を伸ばして麻布十番まで行くことにした。チャリで20分くらい 続きを読む 港区民だったらちぃばすに乗らなきゃいかんと思った

若者を支援するために月に千円寄付することにした

以下の記事を読んで、月に千円寄付してみようと思った。
NPOの経営が厳しすぎて社員みんなで考えた結果、僕はヒッチハイクで全国を旅することにした

1人の若者が1日を過ごすのにだいたい千円かかるそうだ。 続きを読む 若者を支援するために月に千円寄付することにした

ベランダにカメラ固定完了できたのであとは花火大会を待つのみ

こんなふうにベランダにカメラを固定してみた。
ベランダにカメラ固定

ポールを立てて、そこにiPadホルダを装着。買ったのは以下のモノ。


以下、テストで約3分間撮影した結果。

こんな感じで来月の花火を2時間くらい撮影してLive放送してみよう。
んで、今後の展望としてはベランダに電源を回してIPカメラを設置して常時撮影する。屋根があるとは言え、雨が降れば吹き込んでくるので防水必須。高解像度で遠隔でズームやパンができるとよい。まずはカメラを物色してみよう。

お台場花火大会は来月21日なんでベランダからライブ配信してみる

我が家のベランダから海側を望んだ景色。

中央にフジテレビ、左にパレットタウンの観覧車、右にれじんぼーブリッジという好立地。こんなところに住んで2年が経った。ただ、回りに高層の建物が多いので取り囲まれた感はある。特に海とは逆の陸側に目を向けると、あのデカい東京タワーが全く見れないってことからもわかる。夜になると、東側の窓からとあるビルに映る東京タワーが見えるってだけなのは趣があるけれどもね。しょ30階以上のタワーマンションやビジネスビルが建つなか、11階程度のマンションから見れるのはこんなもの。

約1か月後の10/21にお台場花火大会。去年も見たけどこれがスゲェんだ。自宅から見れる花火大会ぜいたくだ。VALUEっていう個人の価値を売買するサービスを始めてみて、自分が誰かに何がしてあげられるかって考えること3か月。この景色、特に花火大会を見せてあげるってのはけっこうな優待設定になるんじゃないかと思い至った。ベランダにiPadを固定して2時間くらい放置しておくだけでいい。いずれは、常時LIVE配信ってこもやってみたが、電源・回線・カメラのことを考えるとけっこう大変。まずは、手持ちのiPadでとっかかりとつかんで、徐々にとらいしていこう。

VALUをやっている人はCAD日記を探してVAを買ってちょうだい。今なら800円で買えるよ。あー、VAはビットコインでしか買えないから、仮想通貨の取引所に登録しなきゃいかん。Zaifがおススメ。

海側から臨む芝浦ビル群

海側から臨む芝浦ビル群の美しいこと。
芝浦ビル群

空の青さ、程よくある白い雲、中央の東芝本社ビル。
空から海までのブルーのコントラストもまたよし。

自分で撮った写真ではない。友人が副業で写真をネット販売してるっていうからあいさつがてら一枚買ってみたもの。ダイビングの写真がメインであるところ、おいらが住む芝浦の写真があったから、迷いなく買った次第。200円程度の小銭の使い道としてはおもしろい。この記事で有効活用できたし、またTwitterの画像にもしてみよう。

お盆休み企画第2弾はサブカルの聖地「中野ブロードウェイ」視察なり

岡村靖幸のライブで中野サンプラザに行ったのが3年ほど前。それが初めての中野駅訪問だったはずだが、ふとはるか昔の記憶がよみがえってきた。小6で中学受験したおいらは、明大中野という中学を受験してサクラチッタ。母親に付き添われて、中野駅から明大中野中学までの道を歩いたときの断片的な映像がよみがえってきた。結局のところ受験に失敗し地元の公立中学に行って、今の自分がある。落ちてよかったとすら、今は思っている。まぁそんな話はどうでもよいとして、岡村ちゃんライブを見るべく中野駅に着き、ちょっと古びた中野サンプラザを目にし、今じゃめずらしい座席があるライブ会場でエキサイトで楽しい夜を過ごした。そして、中野サンプラザが立て替えることを知った。2022年に解体されて2025年に新しい建物を作り始めるってことだ。

そんな中野駅に再び降り立ったのは、そこに長く住んでいる会社の友人に中野ブロードウェイを案内してもらうためだった。

彼のことを軽く紹介してみよう。50歳(推定)の独身オヤジであり、47歳のおいらからみると少し年上。中野駅周辺に住むこと20年ということで、中野の大ベテランだ。ふつうなら「だから何だ?」ということになるが、それだけ長く住んでいれば中野のことをよくわかるだろうから、おいらの気まぐれの中野案内依頼をこころよく引き受けてくれた。また独身オヤジなのできっとヒマだろうという予想も当たり、結果としてヒマな50前後オヤジ2名による中野ブロードウェイ視察が執り行われたのだった。

会社の友人と休みの日に出かけるなんてのは、おいらにとっても彼にとってもめずらしいことだった。15年くらい昔なら、課や有志のグループで旅行をするなんて、今では到底考えられない活動があったのだ。近頃の殺伐とした仕事生活のなかで、そんな余裕は会社にも個人にもなくなり、プライベートを重視する傾向があるのは周知のとおり。彼とは直接的あるはガッツリとした密な仕事をしていないこと、おいらが企画・運営している麻雀会のメンツであることから、妻が仕事でいないお盆休みの日につるんでみるのもおもしろそうだという思い付きだった。女子受けすることのない容貌だが、仕事上の気遣いがしっかりしていて人間的に好ましく、おいらと年齢が近い中年まっさかりで、今現在または今後の仕事への希望・困難・恨み・喜びなんてものを共有できている。こんなオヤジでもいいからお付き合いしてみたいという危篤な女子がもしいるならば、紹介するのでこちらまでご応募ください。なんて、そんな人はいねぇか。。

前置きが長くなった。中野ブロードウェイの入り口はこんな感じ。駅の北口改札を出て、正面に見える商店街を歩くこと5分ほどで到着できる。当日は雨が降っていたが、屋根付きの商店街のなので用意していた折り畳みカサは必要なかった。サブカルの聖地ということでワクワクしながらそこに足を踏み入れてみたら、時間がまだ11時半だったのでまだ大半の店がやっていなかった。ここに来るのは夜型の生活を好むオタクの人達なので、昼12時から夜8時までという営業時間が一般的らしい。オヤジ2名でエクセルシオールの喫煙席でコーヒー飲んで時間をつぶして、昼12時にあらためて入店した。中野ブロードウェイ、ニアリーイコール「まんだらけ」ということがよくわかった。小さい店がたくさん集まっている中で、まんだらけの広めの店舗が駅に近いあたりに27店舗もあって、多くの人でにぎわっていた。アニメのフィギア・ブリキのおもちゃ・有名な古いマンガ・コスプレ用の衣装なんてものが売られていた。おいらの好みにはまるで合わないので売られているものに興味なかったが、そこに足を踏み入れて熱心に物色している客を見るのがおもしろかった。総じて若い人間が多くて、20から30歳くらいの地味な感じの若者が多かった。男女比としては半々くらい。外国人もちらほらと目について、おたく発祥の地日本のさらに聖地と呼ばれているこの中野に世界から人が集まっているのがよくわかった。

おいらの戦利品(おみやげ)は上の通り。ガチャガチャででてくるような小物ばかりを売っているショップがあったので、そこでおいっこ、めいっこ、妻へのおみやげとした。ものによって値段は全然異なっていて、セーラームーンのが1600円で最高値。次にピカチュウの1100円が来て、他は300円程度とリーズナブルだった。シルバーのリング約3000円は自分へのおみやげ。50に近いオヤジだけれどもシルバーの輝きが好きなのだ。男性用リングってそこらでなかなか買えないので、いいものが買えたと喜んでいる。こんなリングを売る店はたくさんあるかと思っていたが1点しかなかったのは残念だった。2階「新宿 銀の蔵 中野本店」。最後に東京オリンピック記念1000円銀貨。ビットコインならぬ実物コインを35年ぶりに収集し始めたおいらなので、この1000円銀貨が売っているのをみて即決で2500円を支払った。小学生のころに一度は手にしたが、中高生時に金欠となりコインショップに売り飛ばしていた。30年ぶりに手にした1000円銀貨はずっしりと重く大きな喜びを得られた。

地下1階から4階までのすべてのフロアを見つくすのに1時間半くらいかかった。生まれてからずっと東京に住んでいるおいらだが、こんなところが東京にあるなんてびっくりだったし、実際に足を運んでみて刺激を得られた。ネットでの情報だけでは得られない実感としての感動を得られるので、行ったことない人はぜひ一度行ってほしい。

仕上げは、魚介をメインとした居酒屋でランチ兼昼飲み。アジの一夜干しを炭火で焼くという趣向に50歳独身男の友人は感動していた。彼は酒飲みではないので、その店で定食は食ったことあるが、酒のさかな的な一品料理が初めてでいつか食ってみたいと思っていた。おいらは生ビール2本を飲みつつ彼はウーロン茶で、でもまるで酔っぱらったオヤジのように、その会食を楽しんでいた。生ガキ、しめさばの寿司、えだまめ、くきニンニク牛肉炒め物なんてものを食べて、中野ブロードウェイ視察の振り返り、会社のこと、プライベートのことなんかを楽しく語り合ったのだった。彼に一つ強く言っておいたのは、年に一度くらいは故郷の九州にいる両親に顔を見せに行ったほうがいいってこと。親孝行は親が生きているうちしかできないからさ。

和菓子を作って30年の職人が友人にいるので会ってきた

彼とは高校の同級生で同じクラスになったことはないが、北千住の肉屋のバイト仲間となったことをきっかけにして、卒業以来約30年の付き合いだ。そうそう、北千住の駅ビルは今じゃルミネだけれども昔はWiz(ウィズ)といって、高校生の我々にとって重要な場所だった。その地下1階に食料品の専門店街があって、おいらと彼は肉屋(日山)で、他に魚屋、総菜屋、クレープ屋なんかに分散してバイトしていたのだ。2年の中頃からの1年くらいだったかな。学校終わった夕方から閉店までで、当時自給700円で1日3000円くらいかせいでいた。NECパソコン全盛で、ネットといえば一部のマニアがアナログモデムでパソコン通信(ニフティ)している時代だった。

そのバイト仲間を中心とした高校の同級生仲間が卒業後も会うようになって30年経つ。彼は卒業するときから、家の和菓子屋を継ぐと言っていた。専門学校に行って和菓子の基本を学び、その後、外での修業期間を経て、両親が営む「梅林堂(ばいりんどう)」を引き継いだのだ。その時すでに、その後の長い時間を過ごす伴侶を得ていたのは彼にとってラッキーだっただろう。夫婦二人が一日中顔を突き合わせて、けんかすることもあるだろうが、お互いがお互いを頼るような関係性を築いたのだろう(おいらは今回の店訪問で、初めて奥さんと会ったが、人の好さそうなきさくな人だった)。ようやく、インターネットとケイタイ電話が出てきたくらいの時代だった。

近頃の駅前商店街の衰退は加速しながら進んでいるが、彼の店はその影響を最小限にとどめてひっそりと手堅く継続している。東武線の東向島駅近くという立地もよかったのだろう。浅草に近く下町風情あふれる街で、昔からそこに住む人々を常連として営業を続けてこれたのだ。地域的にそこは新たに住み始める人は少なく、固定化された住民(主に中高年)の日常に和菓子屋「梅林堂」が組み込まれたってことだ。もちろん、和菓子を作るウデの良さもあったのだろうが、そこはおいらが和菓子をよく知らんのでスルーしておく。2年ほど前に彼はガラケーからスマホに変えてLINEくらいはやっているが、そこは下町の中年和菓子職人らしく、それ以上ネットの悪に染まることなく堅実にコツコツと家業を営んでいるのだった。ようするに、ITリテラシーが低いだけかもしれないけど。。


東向島のとなりの曳舟駅ホームから見えるスカイツリー。くもっていたので上のほうは雲の中に埋もれてしまっている。スカイツリーができた5年前に彼は言っていた。それができれば、近辺にも多くの人が来て経済効果が期待できるのではないかと。確かに、スカイツリーのある押上駅とスカイツリータウンなんかは、日本あるいは世界中から人が押し寄せていて、すごいにぎわいだ。だからと言って、そこから2駅の東向島駅にも人が集まっているかというと否。まぁ、結果としてはよかったんじゃないかね。人が押し寄せて大手との競争にさらされるよりは、昔ながらの商店街で常連のために和菓子を作り続けるっていう生き方が彼には合っている。

将来性ということでは不安があるだろうが、別に創業100年の老舗ってわけでもなく後を継がせる人間がいるわけでもない(後で聞いたら創業94年だった)。今後、夫婦二人とお母さんが暮らしていくだけの地盤は築いたはずだ。思えばおいらも年をとった。友人に30年の経験を持つ和菓子職人がいるんだから。年に一度集まる仲間の会では、彼がつくる和菓子がおみやげとして提供される。それを我々は恒例のこととして「ありがとう」とお礼は言うものの、ちょいと軽く見すぎていた。長く続けてきた職人として自信とプライドを見出し、深い感謝と尊敬の気持ちを持って受け取ろうと思う。スマホで何でもできる時代になったが、旧友の店で軽妙な会話をしつつうまい和菓子を買って食うことは、実際に店に足を運ばないとできない。

あの東京マリンを知っている人間が少なくなってきて残念だ

足立近辺に住んでいるおいらよりも下の世代の人間と話す機会があり、昔の足立の名所に東京マリンてのがあってねって言ったら「なんですか?それ」という反応があり驚いた。Wikiで軽く調べたら、なくなったのが2001年で今では東京アクアージュという大規模マンションになっているとのこと。

東京マリンはおいらの実家からはチャリで15分くらいの距離だった。入場料が高いので有名だったが、父親の仕事の関係で割引券を入手できたので、夏になると友人を引き連れてよく行ったものだ。確か正規料金で2千円台半ばだったところが700円で入れた。小学校生高学年のころは、一人でもフラっと行った覚えがある。一人で東京マリンに行く小学生はめずらしかったはず。ただ、一人でプール行ってもおもしろくなくて、とってもむなしい気持ちで帰った記憶が残っている。

中学の頃には、プールに併設されたローラースケートリンクができて、友人がそれにはまって数回連れていかれた覚えがある。そいつの名前が五十嵐で、小中時代よく遊んでいていろんな思い出がある。高校以降も地元で接点を持っていた。高校は高専に行ったが成績と出席日数の関係で高卒資格取得だけで追い出された。築地の朝日新聞でビル掃除のバイトをいっしょにやった。地元で駐車場を借りたいと相談されて親戚を紹介した。おいらが大学行ってるときバス停で会って、仕事は公務員でプライベートでは株取引で儲けていると言っていた。それが27年くらい前で、それ以来一度も会っていない。FacebookなどSNSが流行り始めたときにそいつの名前で捜索してみたが、見つからなかった。破天荒でアウトローなヤツだったが、元気にしているだろうか。いつか再会したいものだ。

東京マリン、それは西新井大師の近くにあった。バブル経験しその後の崩壊は乗り越えたが、いかんせん時代の流れには付いていけなかった。ていうか、約30年も続いたのでよーく生き続けて、適切な時期に寿命を迎えた感じか。後期にはスポーツジムやパチンコ経営に手を出して、多角経営しようとしたのがあだとなって、84億円の負債をかかえて2000年11月に倒産した。せつないねぇ。

沖縄料理屋が身近にできて食生活が充実したみたいだ

沖縄料理ってかなり好きだ。さっぱりしていながらガッツリしている感じで。夕方5時から飲み始めて6時半には完全にできあがったので帰宅についたんだけど、その途中で目撃した月が印象に残ったので、それを記録に残しておく。

最初に知ったのは、マイナーなところにある入りにくい沖縄料理屋だったが、その支店が近所にできたことで我々の食生活が変わったのだ。入りやすく、うまそうな雰囲気を感じて迷いなく入店し、休日のランチの定番になった。今日は初めてディナーとして行ったわけだが、中盤までは快適にすごせた。終盤、妙に子連れが多くなって、妻の機嫌が悪くなったので脱出したが、総じてよかった。泡盛(沖縄焼酎)をちょー久しぶりに飲めたのもよかったぞ。

日曜昼飯時の46と将棋とタイラーメン

浜松町駅が最寄り駅なだけあって、日曜は家の近くの人の数が極端に少なくなる。土曜日はまだましな方で営業している店がそこそこあるなか、日曜になると壊滅的にやっている店がなくなって、盤石なのはすき屋となか卯だけなので、チャリで田町まで出ないとそばすら食えない状況となる。
今日はチャリに乗るのが面倒だったので、徒歩で家を出てどっちに牛丼屋に行こうかと思ったときに頭に浮かんだのがシーバンス。ビジネスビルの1階から2回にメシを食わせる店があって、土日でも限られた店が営業しているから、そのうちのうどん屋にでも行ってみようかと思ったのだ。
シーバンス前、普段では見られないほどの人間がそこにいた。ざっと見て100人はいただろうか。いくらポケスポットだからって、日曜にそんなに人が集まるわけない。見たところ20~30代の地味な男どもが大半だった。ネットで調査した結果、乃木坂46の握手会をやっていた。大々的に看板を出してやっているわけではないので、事情を知らない人には何をやっているのかわからない状況。普段静かな街に人がいっぱい集まっていて、びっくりしたなぁという話。
うどん屋はやっていなかったので、アジアン料理屋でタイラーメン860円を食った。かれこれ1年半住んでいるが、その店に入ったのは初めてで、けっこういける店だと思った。ナン付きカレーがメイン料理で、その他アジア料理、ハンバーグやステーキやパスタまであり、焼き魚なんかの和食すらあった。日曜に唯一営業していたシーバンス内アジアン料理屋の名前はマンディール。また近々行きましょうかね。
シーバンス前のチサンホテル。アマチュア将棋の首都圏代表戦が行われているという看板が出ていた。過去に何度か見たことあるし、そのために人が多くなることはない。乃木坂のイベントとは対象的なだけに印象に残った。地味だけれども堅実なイベントだと思う。

なつかしの喜多見

昨日の土曜日は長く住んだ喜多見に行ってきた。目的は2つあって、まずは辛いラーメン。ツラいじゃなくてカラい。まことやのラーメンは近所でも評判だ。駅から遠いので立地は悪い。近くに住む客をがっちりつかんでいるので、昼時は行列するくらいの人気店。我々が食うのはいつも辛いラーメンにもやしトッピング略してカラモヤシ。最初に食ったときは、こりゃ辛すぎるんじゃねぇかと思ったが、何度か食ううちにその微妙に辛すぎるところが気に入って、常に辛いラーメンを食うことにしてそれ以外は食ったことがない。約1年ぶりに行ったら値上げしていた。辛いラーメンが800円でもやしトッピングが100円だから合計900円。標準的な価格から言えばちょい高いが、そんなことはほとんど気にならないくらいの味がある。近頃、生活習慣を変えたのでラーメンはあんまり食わないようにしてたんだけど、このラーメンを食う時だけは高カロリーとか高塩分とか気にしないでいいと思っている。また来年も食いに行こう。
2つ目の目的は成城での買い物。成城石井は今住んでいるところにもあるけれど、やっぱ成城の成城石井に勝るものはない。妻の誕生日を祝うための金に糸目をつけない食材調達。オードブル的なものをいろいろ、シャンパンくじで引いたのはMOETだったので数百円安く手に入れられた。約5000円するキャビアは、ケチケチ根性が出て購入しなかった。成城石井だけの買い物では、かたよったものになるので、その近くのOXで補うのもいつものこと。ケーキはアルプスでモカロールと何か一品。今年目を引いたのは抹茶配合の生クリームな感じのルコイチャだった。ろうそく1本もらうことも忘れずに。成城の街ってのは妻の感情が高ぶるようだ。隣の駅である喜多見とは雲泥の違いがあってセレブの街って感じだ。犬の散歩をしている婦人を見ると芸能人じゃないかと、ついじろじろと見てしまう。いつかこんな街に住んでみたいという気持ちがあるのはいいんだけれども、コスパは相当悪いだろう。今住んでいる港区都心エリアは、そういう意味ではとてもパフォーマンスが高いと思っている。仮に宝くじが当たったとしても、成城に家を買うよりは麻布十番のほうがいい。今年の年末ジャンボの最高賞金は10億円らしいので、その使い道を今から考えておこうっと。

神田外語大学訪問記

めいが通う大学の学園祭ってことなので、一族総出で行ってきた。同じ路線の錦糸町に通っている身としては幕張なんて近いものだと感じたのは勘違いで、錦糸町から先が長いこと。。総武線でたらたら行くのはいやだったので、新橋から総武線快速で津田沼まで出て各駅に乗り換えた。電車のつなぎが悪かったのか結局、総武線で行くルートでかかる時間と同じの1時間弱かかったのだった。
めいは1年生で、学園祭全体の運営にもかかわりつつ独自の展示もしているとのことで、とっても忙しく立ち働いていた。中学・高校と生徒会長をやっていただけあって、学内の行事への関与が高く、密度の高い学生生活をしているってことがよくわかった。行ったのは、めいの立場からみたこんな人々。父・母・祖母・叔父、叔母2名。一族総出なんて書いたが、東京近辺の親戚で密に付き合いがあるのはこんなところだ。
昼過ぎから夕方まで展示を見て、夜は兄夫婦プレゼンツで海浜幕張の居酒屋での宴会で盛り上がった。大学1年生の18歳で女子大生を謳歌しているのがよくわかった。語学を学んで、世界の人々とのコミュニケーションをとって、楽しんでほしい。もう少ししたら社会に出るわけだから、その前にいろんな経験をするのはとてもよいことだ。我々としても、叔父叔母の立場として、いろいろと援助していきたい。みんな帰るのに1時間以上かかる場所なので、あんまり飲みすぎもせず、おとなしく帰ったのだった。

海上ルートで行く浅草

我が家に近い駅は数多くあれど、日の出桟橋からの海上ルートはあまり注力していなかった。浅草までの約40分は、夏休みの思い出として頭に軽く刻みこむことができたのだった。
浅草雷門
電車だったら都営三田線で17分で着くところが、海上ルートだと40分。電車賃だったら174円のところ、船賃は780円だ。なんて非効率なって思うけれども、非日常を得るためにはこんな無駄が素敵なことなんだと思う。東京湾から隅田川をのぼるなんて、とっても風流じゃないか。
浅草着いたら雷門から仲見世通って本堂でお賽銭投げてひたすら健康を祈った。健康に勝る幸せはないんじゃないかな。時間は朝11時。浅草はアサヒビール本社があって、ビルの上のほうの展望喫茶でビールを飲めるっていうから22階まで上がってみたものの、昼飯も食いたかった我々に意向に沿わず、軽いつまみしかない感じだったので下に降りたら、隅田川バル SUPER ”DRY”っていう、やはりアサヒ系のバーっぽい店があったので入店。ビール3杯とフィッシュアンドチップスやパスタなど食って、ほどよく酔っぱらった。
帰路はリーズナブルかつ効率的な都営浅草線。三田で降りてスーパーで買い物して、13時半には家に着いた。約4時間の行きだけ海上ルートの浅草、夏休みの思い出のショートトリップが終わった。昼酒で眠くなったので昼寝して、さっき目が覚めたので、この思い出を形に残しておこうと思い立ち、ここにしたためてみた。

秋田釣り2016

ほぼ毎年、義父とともに秋田で釣りという習慣を重ねてきて今年で何年になるだろうか。95年に結婚したので、今年で21年になる中、途中3回くらいは行けなかったので、18回目ということになる。春だったらアイナメで、夏だったらタイ。ここ数年は、真夏の8月に行っているからタイだ。釣果は4匹と少なかったが、60センチ級が3匹となかなかよい結果だった。
タイ
真夏の太陽の元、船で海に出るわけだから、天気がいいと半端なく日焼けする。過去に痛い目にあってきたので、近頃は盤石な備えをしている。帽子は耳と首をカバーできるものだし、長袖シャツ着るし、指が出る手袋だってしている。この手袋がなかなかのもので、これをしていない頃は、親指と人差し指の付け根あたりが猛烈に日焼けして大変だったものだ。結果、日焼けするのは、どうしても露出してしまう手首のところ数センチだ。特に左腕側は、腕時計をしている関係で日焼け面積が広くなる。
これまで、何度も釣りに行っているなか、一匹も釣れないってことは一度もなかった。船で沖に出る釣りにおいても、そんなふうに一匹も釣れないってことがたまにあるらしい。そんなことになれば、とても残念なことだろうけれども、釣れない釣りってのを一度は経験してもよいと思っている。来年は8月の第一週に来なさいと言われている。2017/8/5(土)だ。

都知事選挙

政治と宗教の話はあんまりしたくないけれども、書くことないので軽く書いてみる。
東京都に住むこと46年。都内で移動することはあってもずっと東京都民なのだった。足立区24年、狛江市18年、世田谷区3年、港区1年。足立は埼玉のとなりで、狛江は23区ではなくてちっぽけなところで、世田谷は東京の西のはずれなので、東京の中では端っこのほうだったわけだ。去年港区に引っ越してきて思ったのは、とても住みやすいということ。家賃が高いのだけが難点で、メリットはたくさんある。通勤が短くなってラッシュがなくなった。子供が少ないから静かでよい。駐車場が高いから車を持つことをあきらめたが代わりに自転車という健康によい移動手段を手に入れた。いいところに住んでいるという優越感がある。コンビニ・牛丼屋・飲み屋には事欠かない。
都知事か。別に誰でもいいって気持ちが強い中、最も危なげない増田さんに投票した。前の人があれだったから、エキセントリックで知名度が高い人にはなってもらいたくなかった。三つどもえ、って状況らしいので誰がなるかわからない。ま、誰がなってもいいけれども、今晩の選挙特番はそれなりに見ておこう。東京都知事の選挙速報番組をNHKでは全国放送するみたい。東京以外の人は選挙権ないんだから、興味ないだろうに。。

家から見えるお台場花火がきれいで引っ越してきてよかったぞ

港区に引っ越してきてよかったことは数多くあれど、
お台場花火がこんなにきれいに見えることが、よかったこと
ランキングの上位に食い込んできた。
「お台場レインボー花火2015」を開催
お台場花火1
お台場花火2
たった10分程度しかやらないのも、いい感じだ。
寒空の中、長時間外にいたらカゼひいちまう。
8月には東京湾大華火祭ってのが晴海であったんだけど、
どっかに外出していてまるで見れなかったので、
この冬の花火に猛烈に感動しているのだ。
昨日時点ですでに3回の日程を終えていて、残すはあと1回だけ。
今年も残すところ2週間弱で、仕事は残り5日間しかない。

芝浦ご近所探索

芝浦に住むこと約6ヵ月、駅に近くて超便利な毎日を過ごしている。
ご近所の情報を以下サイトで知り、自分でもレポートしてみたくなった。
おさんぽin浜松町・芝浦周辺(6)
芸妓の見番とのことで、2000年以来閉鎖中で修復中。
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でもその修復が行われている様子はない。
我々が住んでいるあいだにぜひ中を見学したいが、きっと無理だろう。
トレンディードラマのラブジェネレーションで有名になった建物。
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キムタクと松たか子が主演で、キムタクが住んでいるという設定。
1997年放送ってことだから、18年も前のことか。。
ついこないだまで自動販売機が設置されていたが、最近撤去された。
誰か住んでいるという気配もないので、壊されるんじゃないかなぁ。
西洋建築で歴史を感じさせる立派な建物。
創業1946年のキクヤレストラン。
IMG_0699.gif
昔ながらの正統派洋食屋さんて感じ。
2度ほど行ってみた。オムライスコロッケがうまかった。
これら3つの建物が、家から徒歩2分以内の距離にある。
オフィス街だけれども歴史を感じることができる街、芝浦。
住んでみるとわかるけど、スーパーがけっこうたくさんある。
マイバスケット、マルエツプチ、ピーコック。
向こう3年くらいは住むつもりなので、もうちょっと行動半径を
広げて、いろんな場所を見つけてみよう!

浜松町駅の階段が何段あるか調査してみた

最寄の駅である浜松町駅は階段が多くて大変なのだ。
その段数がどれくらいあるのかを猛烈に知りたくなって、ググって
みたけれども、そんなニッチな情報は転がっていなかった。
だったら自分で調査すればいいだけのことなんだけれども、
その瞬間にこの要求を覚えていなかったり、数えていても
段数が多いからよくわからなかったりの繰り返しの中、
ようやくその段数を記録するに至ったので、ここに明らかにする。
浜松町駅に向かうルート。
モノレールが上を通過する真下を歩きながら、右側にある
東芝本社ビルを過ぎたあたりから階段が始まる。
最初は、駅に直結する連絡通路に入るための31段登る。
しばらく連絡通路を歩いた後に38段登り最も高い位置に至り、
左側の窓から東京タワーが少し見えて、線路の上を通過する。
線路を通過し終わると14段下り、駅改札に続く通りに出る。
しばらく歩いて改札を通過して、山手線と京浜東北線のホームに
下りるために35段下る。
31+38-14-35=20
結果的には階段20段登るだけで済むところ、運河や線路などの
障害物があって、登り69段下り49段を経なければならない。
浜松町駅に向かうルートは他に2ルートある。
南口金杉橋方面は、62段登って35段下りるから、差し引き27段の登り。
鉄砲階段と呼ばれている62段はキビシイ。
北口は、32段登るだけで一番リーズナブルだけれども、我が家からは
一番遠い位置にあるので利用することはまずない。
最近作られた通路だったら、エスカレーター、動く歩道、エレベーターが
あって当たり前のところ、なにぶん昔からある駅で、しかもビジネスマンが
使うことを目的にしているルートなので、そんな親切なわけがない。
まぁ、ぜいたく言っても仕方ない。
いい運動になるなぁ、と前向きにとらえるべきである。

新宿御苑

ゴールデンウィーク最終日の日曜日に新宿御苑に行った。
天気がよくて、いい写真がとれたので載せておく。
新宿御苑1
新宿御苑2
新宿御苑3
新宿御苑4
新宿御苑5
新宿御苑6
新宿御苑は生涯はじめての訪問だった。
勝手な思い込みで、一般人は入れない特別な施設だと思っていた。
きっと皇族が季節ごとに園遊会なんかで利用するだけだろって。
実際は、環境省所管の庭園で入場料200円払えば誰でも入れる。
近くに友人が経営しているイタリアンがあって、そこの開店までの
時間つぶしとして行ってみたんだけれども。。。
家を出る時間が早すぎ、新宿御苑で時間をつぶし切れずに、
店の開店まで待つこともできず、結局本当の目的を果たさずに
その場を後にしてしまった。
来週また行くからよしとしよう。