【Unicode対応調査中】
VCアプリをUnicode対応するというのはなかなか困難で、自分のところは優れた外注さんがやってくれて大いに助かった。マルチバイトでは半角が1バイトで全角が2バイトという常識があったのが、Unicodeでは全部2バイトになるのでバイト換算のことは考慮する必要がなくて文字数となる。マルチバイトからUnicodeへの移行する時点での苦労は知らんが、経過と結果をしているというのがデカい。国産CADには、まだマルチバイトのままのものが残っており、そう簡単にUnicodeに移行できていないという状況があるので、役に立てそうな気がしている。そもそもUnicode対応の目的ってなんだろう?ということがわかっていないのかも。外的要因としてdwgやjwwがUnicode対応しちゃっているのでデータ交換がうまくないというのもあるが根源的なものではない。㎥のような記号系文字、東洋系の言語ではハングルや中国語への対応ができる。Unicodeが2バイト固定で扱われているということでは、マルチバイトのShift_JISだって2バイトで同じじゃないかという背景がある。Unicodeという規格はものすごいデカくて現在なお拡大中である。Unicodeのサロゲートペアや結合文字は3バイト以上で表現できるもので、本質的にはここまで対応すべきであるがこれは容易ではない。きっと下回りの文字処理を入れ替えなきゃいけなくて、そこら中に点在している文字処理の見直すことになる。ヒマでしょうがないときにサロゲートペアと結合文字への対応を調べてみよう。地名や人名の辻と葛の問題が根強く言われているわけで、アプリとしてどうしたらこいつらに対応できるのか。。知的欲求が湧くじゃないか。
【社内でのCADの価値】
社内でCADの開発に関わってきた人が徐々に減っていき、いよいよおいら1人になったという状況はナイスなことだと思っていた。社内での存在感がなくなってきて、誰も見向きもしない状況になることは望んだことでもあった。目立つということは叩かれるということであり、叩かれて叩き潰されるというのが我社のクソなところ。企業の人材不足の原因は人を追い出したヤツしか残っていないから、という皮肉な言い方があって、まさにそんな状況。叩いて伸ばすならまだしも、叩き潰しちゃってそのうえで叩き潰したヤツがのさばるという構図。おいらがCADの最後の1人だというのは強いカードを持っているということで、そのカードを使うことを考えている。建設的な方向性で、みんながWin-Winになるという素敵な計画だ。自社に限らず、CADのユーザー、販売店、協力会社を巻き込むことになるだろう。とんでもないことになってしまうんじゃないかと疑心暗鬼になった時期もあったがもうふっきれた。社内で地下にもぐっているおいらが、社内で日の目をみることはないし、そんな状況は望んでいない。温室(やや過酷ではあるが)を出て、広い世界で戦うということ。強いカードの根拠は現在の収益。それをキープしたいと思うのか、そんなちっぽけな収益は捨ててもいいと思っているのか。カードを切る以上、ゲームに勝つか負けるかが決する。おいらが30年やってきたCADの価値がどの程度だったのかという結果が出る。勝負に負けることも想定していて、だったらその現実を受け入れて、おいらが30年培ってきたCADの技術力を別で生かせばいいだけ。55歳のオジサンの勝負、さてどうなるか。おいらワクワクしてきたぞ!という気分。
【世界で戦う同級生】
門前仲町の大江戸線改札の駅ナカ側にある青の模様がヤツの原点。大学出てゼネコンに入って一級建築士を取得したという点で、国内では大いに優れた人物と言えるだろう。高校3年で同じクラスだったヤツで成績でそれほど目立つこともなく、存在感もなかったような気がする。ヤツが卒業式でピンホールシャツにピンを付けていて、そのピンがネクタイの上側になっているのをみた同級生が、そのピンはネクタイの下に通すものだと指摘していたのが印象深い。ようするに、オシャレ初心者だったということ。そんな彼が、今はロンドン在住で世界を股にかけた仕事をしている。国内だったら麻布台ヒルズエリアにあるアミアミな特徴的な建造物。彼が所属する設計者集団のヘザウィックスタジオが成したこと。メッセンジャーで連絡があり、六本木ヒルズでやる展示会に来ないかということだったので、無料招待を受けて見学してきた。近頃では宇宙の建築設計をしているようで、何とも斬新なことだ。残念なことは、そんな彼と卒業以来まったく会っていないということ。海外生活が長くて、日本に来ても多忙なようでまぁ仕方ないこと。現地で結婚して子供もいるから、日本に完全に戻ってくるということもないだろう。母校に錦をかざってもらおうというプランがおいらにはある。世界的な建築家として母校のホールで、在校生を中心とした多くの人間の前で講演をしてもらう。おいらはプロデューサーで、学校側と当人をつないで大いに盛り上げてやり、全員がWin-Winと感じるような形とする。還暦60歳までに絶対やりたいので、今から粛々と準備を進めておこう。