ここには毎週必ず週報を書くというのに、仕事上の月報はこの1年まったく書いてこなかった。当たり障りのない作られた文章を書いても意味ないし、そんな行動を許容してくれるおおらかな上司がいたから。その上司から「部門の指示で全員が月報を書くことになったから書きなさい」と連絡があった。はい、そうですかと15分で月報を書き上げて提出。1年前までは毎月書いていたものだから、書こうと思えばスラっと書ける。時間がもったいないということでもなくて、平和を装ったウソつき文章を書くのがイヤなだけ。既においらはこの会社からドロップアウトしているということがよくわかる。原則出社という部門指示に従わずに、今週は出社1日だったという結果もそう。出社したところで、誰かから話しかけられるわけでもなく、だったらと昼飯に若者を誘って楽しく有意義な会話をしてきたけれども、往復1時間20分もかけて物理的な移動をすることに意味を感じるほどではない。通勤ゼロで仕事を行える在宅勤務のよさが廃れてしまったことが、ただただ残念なり。
学校の先生になるなんて想いは学生時代には1ミリもなかったが、54歳にもなってからその想いが少し湧いてきた。母校の高校の同窓会役員になった関係から現役先生との接点ができて、職業を伝える会の講師に立候補した。昨年末にその機会がやってきたが、参加希望の生徒がゼロで流れた。おいらが伝えようとしたシステムエンジニアという職業によっぽど興味がないのかと思いきや、他数名の講師の分も参加希望ゼロ。つまりその会の企画がうまくなかったということで、仕切り直しとして1クラス全員の強制参加による会が行われることになった。20数ページにもおよぶパワポのスライドをつくりあげた。先行した別の講師による講演を動画でみた。うまくやれるだろうかという不安はある。何をもってうまくやったと言えるかがあいまいなのも確か。自分が言いたいことを言えばいいというものではなく、相手が聞きたいことが何かを見極める必要があるが、そんな雲をつかむようなことができるわけもない。自分が17歳だったころのことを思い起こせば、そのラビリンスぶりがわかるというもの。事前準備はしっかりしたので、あとはなるようになるという気持ちでことに当たろう。
若者支援はおいらの最近の生きるテーマ。先に書いた昼飯をいっしょに食った若者のことを、個人情報に配慮して書いてみよう。入社4年目くらいで、配属された部署では先輩たちがゴロゴロと雪崩のように辞めていった。ほとぼりがさめたころに課が別の課に吸収合併した。私立の工業系大学を出ている点がおいらと近い。兄弟は3人で長男で下は妹2人。埼玉の某市出身で、地元の仲間とは今でも仲がいいらしい。ドライブが好きで、今年は念願のマイカーを中古で手に入れる決意をした。仕事的には得に難はなく、同僚や上司とうまくやっている雰囲気あり。おいらが前に所属していた課の同僚でもあるから、彼の仕事っぷりはなんとなくわかっている。来週くらいにAI系の難関資格を受けるからと、週末も勉強しなければならないとボヤいていた。彼は楽観的で、何事も何とかなるさという感じがあるので好ましい。競争してがんばるみたいなことも少しはあるみたい。結婚してマンション買って子を育てるなんて生き様もいいだろうし、そうでない形もあり。多様化の時代だから、自分を枠に当てはめる必要はなく日々おもしろおかしく過ごせればいいはず。そんななかで、失敗や成功を積み重ねながら過ごしていくのが人生。おいらがしてやれることなんて、少し距離を置いて、たまにメシ食いながら楽しい会話をすることくらいだ。若者には希望があっていいことだけど、希望がかなわないという絶望もあるし、長い人生をこれから過ごしていく上での漫然とした不安もある。おいら的には、若かった30年前の時代をもう二度と過ごしたくないね。今の半ば枯れたような日々を過ごすのが楽しいから。