この1年で最大の出来事は、32年半も働いた会社を辞めたこと。22歳で新卒入社したところでそんなにも長く働いたというのは我が事ながら立派だ。平成5年(1993年)時点では、入社した会社で定年まで勤めあげるというのが常識だった。でも、うちの父親も兄貴も転職経験があるということから、おいらが30年以上も同じ会社にいれたというのは奇跡かもしれない。バブル崩壊後の平成初期の時代感がおいらには合っていたのだろう。大学を卒業して入った会社は、典型的な営業会社で軍隊のようなところという前評判もあった。社訓を毎朝唱えるなんてのは、令和の今ならありえんことだが、当時の時代感ではまぁそういう会社もあるよねって感じだった。システムエンジニアとして採用されたのに、営業を1年もやらされた。そのあいだに同期の1/3くらいは脱落したかな。君は営業に向いているね、なんてたわごとを信じて営業になったり、SEになれなきゃイヤだと辞めていった。営業としてさして結果を出せなかったのが幸いしたし、SEとしてはめずらしくシステム子会社でCADを開発することになったのはもっと幸運な出来事だった。。いや、ちょっと主題とずれてきたので本題に戻そう。
55歳の誕生日を迎えたときに、昔の日本では定年が55歳だったという事実が辞める根拠になった。退職金の積み立てが終わり、そのままそこにいても評価が落ちていくことがわかっていて、会社の方針としてCADなんか見向きもされなくなっていた。昔は10人以上いたCADの開発者が、その時点でおいらだけだったのは幸運だった。退職しても、CADの開発をいい条件で継続できる見通しがあった。辞めてから3か月時点ではその見通しでやれている。借金はない。子供いない。夫婦二人で働いている。家は賃貸。そんな状況で会社にしがみつくヤツはいない。自由を得て、自分らしく仕事ができるじゃんってこと。妻が20年以上経営する会社の役員になった。ずっとやっていたCAD開発をメインにして、妻の仕事の手伝いやら、新しいビジネスをやっていけそうだ。
令和6年(2025年)において、年金が支給されるのが65歳だ。そこまでは働こうと思っている。残り9年半。社会とのつながりを持っていないとダメな人間になりそうなので、何かしらの仕事をやるだろう。仕事をするなら収入を得られる。割りの悪い仕事はしたくないから、収入にはこだわっていきたい。前職の年収をキープしたいと思っているのは、プライドがあるから。前職を辞めたのは下がり続ける評価と収入によって、自己肯定感が下がったから。一つの企業の中のある部門や部署で評価が下がったことは、ある意味よかったことだとすら思っている。不満もなく一つのところにずるずるといたら、つまらん仕事人生だっただろうから。つまる仕事であっても、つらく苦しいのは困るので、がんばって結果を出そうとは思わない。
通勤せずに在宅勤務が当たり前になった。ていうか、自宅が会社だから職住一致ということ。毎日自宅のリビングで妻と机を並べて仕事をしている。朝9時から仕事を開始して、昼飯は近所の職域食堂で安いランチを一緒に食って、17時に仕事を終えて夜は酒をくらう。通勤しないから運動不足になるだろうと、朝はジョギングをするようにしている。雨が降ったり、寒かったり暑かったり、眠かったり、メンドくさかったらやらない。そこも自由ということ。自由であることはいい面と悪い面があるのは確か。他人の監視の目がないからダラけるなんてことはある。でもやるべきことはやっている(と思う)。
今日は週イチの禁酒デー。毎日酒を飲んでいたら、ぶくぶくと太りそうだし健康にも悪い。夫婦ともに酒が強くまた酒好きだからこそ、こうやって定期的に酒を飲まない日を作るのは大切。酒を飲まない日はつまらんが、メリハリを付けてこその人生。週ロクで飲んでいるんだから全然多いじゃんってこと。10日に一回くらいは外部の人間との飲み会をやるようにしている。自由っていいよーってのが最近のおいらのネタ。勤め人の悲哀を知るものとして、そこから離脱した直後の当事者の感想を語っている。
さて、この先どうなるだろうな。今のところ一定の収入を得ているが、この先においてその保証はない。仕事がなくなれば収入ゼロ。有給休暇なんてないし、失業保険なんてない。前職だった頃は人の評価を気にしていたが、今は誰にどう思われてもいいという境地になった。仕事人生は10年弱として、その後も人生は続く。健康寿命ということなら20年くらいだろう。その5年くらい先には死ぬ。人生の終盤だと言える。豊かな老後を送りたい。老後の前の今だって豊かでおもしろおかしく過ごしたい。つまらん評価軸の中でうつうつと過ごすのはもう勘弁だと思って辞めた。これからは自分と家族の価値観の中で、自分達流の生き方をしていこう。抽象的かつ観念的な話でしかない。具体的にどうかということでは、このブログでいろいろと書いていこう。CADに飽きたら、CAD以外で食っていくことだってできるだろうさ。がんばるとか、耐えるとか、一生懸命とか、そんなことはもうしたくない。自分のやりたいことを、ほどほどにやっていけばいいじゃんってこと。