【受身から積極へ】
元同僚でずいぶん昔に独立したと言う意味において大先輩のブログにに共感した。この人の書く文章は、先人のいい言葉や自らが経験したことをいい感じに引用しているところがすばらしく、主張していることがすんなりと理解できる。毎月1回月末に投稿される記事が楽しみだ。昨日公開されたこの記事は、おいらの現状とその葛藤によく符合していた。評価の2つの軸となる加点主義と減点主義が興味深い。減点主義の中で30年もの時間を過ごしてきたおいらが、加点主義の世界に踏み出すわけだ。品質第一など権威主義国家のスローガンみたいなもの。。確かによく耳にしたっけ。バグゼロ宣言とか、原因に基づいた徹底的(病的ともいう)な類似確認とか。理想を追うと言う意味ではいいが、幻想を追っているだけのアホな啓蒙だった。現実を無視して、理想幻想想像の世界で言葉を唱えるだけの裸の王様と、それを祭り上げるYesマン達。現実こそが重要だと思うおいらには皆目わからない世界。過去に大いにやっつけられたのは、彼らの正義正論に巻き込まれ気味に、やるだけやってやろうじゃないかと思ってしまったことが原因。クリアできないムリゲーをひたすらやり続けて、いつの頃からか決断できない自分になってしまった。決断すればことごとく失敗するから決断しなくなる。失敗を許さない組織で、失敗から何も学ばない人々だった。失敗を見つけて叩くことがその組織で優位になる唯一の方法だった。提案なんてしようものなら、その提案のなっていないことを1~10まであげつらってやっぱダメじゃんと叩きつぶし、提案者のダメさ加減が印象づけられる。ほんの3年前まではそんな提案もしていたもんだが、このアホらしさに気付けてよかったなと。土台おいらは、メジャーな組織で存在感を出せるわけもなかったわけで、マイナーな世界の中でオンリーワンを目指すほうが性に合っているってこと。
【人間失格】
太宰治著の人間失格は超有名だが、今まで読んだことがなかった。自分がいかにダメ人間なのかをこんこんと語る話であることは知っていた。恵まれた生まれの男が、女性を巻き込んで堕落し続けていく。裕福でみめうるわしく頭もよい。これだけで人生楽勝と思われるところ、現実から逃れるために酒や薬におぼれて身を滅ぼしていく。まわりには常に献身的な女性がいる。心中を試みて女性が死に自分は生き残るなんてのがなかなか強烈。子持ちの女性の家に転がり込んだり、バーのマダムと仲良くなって2階で寝泊まりしたり、タバコ屋の店番をしている若い女の子と居をかまえたり。。女性が放っておかない男ということ。この話の秀逸な点は何かといえば、徹底した自己分析だと齋藤孝氏が言っている。いけ好かないやさ男が贅沢なことを言って、身を持ち崩していく過程を見せられているのも確かだが、自分の考え方と世間の常識のかけ離れた状況をつぶさに表現している。生きにくい世の中というのは、その人物次第であり、いつの世にもあったという当たり前のこともわかる。人間はこうあるべきという世間の圧力の中で、自分がそうできないことをあけすけに考えて行動した男の生き様。最後に苦しんで死んじゃうのかと言えばそうではなく、最悪を脱して少し希望がある形で生き続けていくのもよい。人間失格と本人が自分のことを語りながらも、まだ希望はあるよなってところが地味に心に響いた。
【最後の月報】
最後の月報を書き上げた。定例報告を3分で書いて、その他項目について2時間かけてA4で1.5ページ分書いた。過去32年分の総振り返り作文。いいことも悪いこともあったという内容で、それを読む少数の人に響いてほしいと願って書いた。降級、降格なんていう現実の厳しさとその受け止めを赤裸々に表現した。どの部署でどんな働き方をしていてどういう思いがあったのかもあり。サラリーマンにとって配属や上司なんてのは受け身の話で、自分ではどうにもならん。重要なのはそこで自分が何を思って何をしたのか。30年のうちの22年くらいはCAD開発の部署にいてCADだけをやっていたので、おいらのアイデンティティはCADなんだということを痛切に感じた。CADがあってこそのおいら。これからもCADで食っていこうという覚悟をもちつつ、CADをやりながら学んできた様々なIT技術も役立てていけそうだ。社会人人生の残り10年をどう過ごすかにおいて自由度が高いほうがいい。新卒で入った会社で定年まで過ごすなんてことはできなかった。つまらん組織で低い自己肯定感でただサラリーをもらっていくのは性に合わなくなった。チャレンジングとも言えるし、水が低いほうに流れたとも言える。誰かを見返すつもりなんて1ミリもない。自分が自分らしくあり続けることこそが正義で、それを阻害されるような組織から飛び出すべしという極自然な行動。自分と家族の気持ちを最優先に、日々を豊かに楽しく過ごしていきたいもんだ。あはは。